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「何もしない」をしよう

最近、チューイングガムの売上が低下しているという。ピーク時から500億も減って現在1,300億円の市場規模なのだとか。この縮小してきた期間と、スマートフォンの普及時期がほぼ一致しているという分析を、興味深く読んだ。

つまりチューイングガムというのは移動の合間や、仕事のちょっとした空き時間など、いわば「何もしない時間」を埋める暇つぶしのアイテムだった。それがスマートフォンに取って代わられつつある、という構図だ。なるほど、そんなところにまで影響があるとはスマートフォン恐るべし、終わり。それではいけないのではないかと思い、立ち止まってみる。

よくよく振り返ってみると携帯電話だけでなく生活の周りにあるさまざまな仕組み・ツールが進化して、かつてはそこらじゅうに存在していた、何もしない「暇」な時間は「便利な時間」にとって代わり、だんだんと減ってきている。「何もしない時間」に、私たちはどんな価値を感じていたのだろうか。

試しに、河川敷に自転車で出かけてみた。草原に寝転がって、ただ空を眺め、対岸のグラウンドの歓声を遠くに聞き、ヒンヤリとした雑草の冷たさを手のひらに感じた。10分、20分、30分。時間の流れがだんだんと、緩やかに感じられるようになる。60分、ゆったりと気持ちも落ち着き、いつもの日々がせわしなく過ぎていることに、気づく。

文明社会では、人々は「物事」に「自分」の時間を合わせている。それは社会の仕組みを維持し、毎日規則正しく生活する上では便利であったりするのだけど、やっぱり少しムリをしている。そのムリを、フワッと調整してくれるのが、ほんの僅かな「何もしない時間」ではなかったか。ガムを噛むことで「何もしない時間」を守ることができていたのだ。その時間までが何らかの「物事」を進めるための時間に代わり、どんどん削られて行っているのが、今の私たちの生活そのものになっている。

やっぱり、もう少し頭を休める時間があった方が良いよなあと、僕は思う。理屈ではなく感覚的なものだけれど、このまま突き進んだ先に、幸せな未来は待っていないように感じる。だから、「何もしない」時間を自分の意思で創ることを、提案します。今度の週末、いやちょっとしたスキマ時間に、皆さんもぜひ「何もしない」をしてみてください。

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