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skillnoteのブログ

プレゼン技術、多様な働き方、パラレルキャリア

高すぎるサラリーは人生の優先順位を狂わせる

キャリア 価値観 働き方 ライフスタイル
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お金は、ある意味麻薬だなと思う。一定額以上のそこそこ満足する収入を得ていると、その現状が正しいもののように感じられ、本心の幸福感とは別に満足した生活が送れているように見え、現状の行動を全て肯定してしまう力があるからだ。

統計では労働者に占めるサラリーマンの割合はおよそ89%で、年収1,000万プレーヤーともてはやされるのはそのうち4〜5%、年収700万以上では約12%になる。

税金や社会保険料などを除いた手取りはおよそ7〜8割というところ。それでも月々30万円とか40万円という金額を住居や食費や子供の学費に使えるのであれば、それは一見「理想的な状態」のように見える。

ところが、私たちの社会や働く環境は日々大きく変化している。その変化に敏感に反応できるかどうかが、少し先の未来の満足度を左右する。その前提で考えてみると「高すぎるサラリー」を得ている人たちの中でこんな事が起きているのではないかと、常々考えている。

1.選択の先送り

・何となく、勤務先の様子がおかしい。職場はごく普通だが、マスコミを通じて聞こえる会社の評判は陰りを感じる。でも所詮マスコミは推測記事だろう。今すぐ倒産するなんてあり得ない、毎月ちゃんとした給与をもらっている。だから今までと同じように、しっかりこの会社で最後まで勤めよう。

・働き方を、そろそろ見直したいと内心では考えている。もうガムシャラに働くだけでは幸せな気持ちにはなれなくなってきた。働くことと、プライベートのバランスをもっと中立にしたい。でも上司からは期待されていて評価も高いし、マネージャーへの昇進も強い後押しをいただいて果たすことができた。今さら「降りる」なんて言い出せない。働き方を自分の意思だけでは自由に選べないのは、仕方のないことだ。それに見合った給与を得ているのだから。

2.実力の勘違い

・40歳を手前にとうとう、年収1,000万プレーヤーになった。このご時世、なかなかなれるもんじゃない、家族や親は大喜びだ、どこかしら周囲の自分に向ける目線も違ってきたようだ。

・毎日満員電車に乗り、たびたびの深夜残業、休日の付き合い、上司の無茶なオーダーへのサポート、どれも無駄ではなかった。その全てが自分の仕事に活きていて、成果を発揮し会社から高く評価された。その結果がこの金額に集約されているのだろう。

・今の実力を持ってすれば、万が一今の勤務先を離れることになったとしても、どんな組織に移っても高いパフォーマンスを発揮できるはずだ。年収に見合った評価を得て、ともすると市場価値はそれ以上になるかもしれない。自分の力を求めている場所は限りなくあるはずだ。

3.ローン縛り

・先日、大学時代の友人に久しぶりに会うと、平日夕方なのにネクタイもスーツも着ていない。聞くと脱サラして、昔から好きだった手淹れコーヒーのカフェを始めたのだとか。表情が眩しいくらいに輝いていて、話題も事欠かない。自分は会社の仕事とゴルフの話題以外なかなか出てこない。彼が羨ましいが、今現在の固定収入を失うわけにはいかない。まだ住宅ローンが15年も残っている。

・田舎に引っ越して、農園つきの古民家を自分で改築してのびのび過ごす生活をテレビで見た。振り返れば元々自分も農村の出身だし、のびのびと暮らす時間の流れに正直憧れる。妻に相談してみようか、でもようやく上の子の受験が落ち着いたところで、ようやく建てた都内新居の生活も家族は快適そうだ。この夢プランは退職後まで心の中にとっておこう。

***

それでも自分自信が納得して選択しているのであれば良いのではないか、という意見もある。しかし、大切な事実から目を背けないことが必要だ。

・会社から支払われている年収の額は、あなたの価値ではない。

・本当にやりたいことをできる時間は、限られている。

・逃したタイミングは簡単には帰ってこない


私たちが持っている時間が有限である限り、人生の満足感を高めるためには優先順位がとても大切な要素になる。「人生を左右する大きな決断」というのに劇的に出会う、ということは案外少なく、むしろ日々直面する一つ一つの小さな選択を、自分の価値観に照らして正しいと感じる方向に毎回重ねていくことこそが、自分なりの幸せを導く道に他ならない。

高すぎる給与を得ていると、せっかく気がついた自分自身の価値観への気づきにフタをして、現状維持という選択肢が最も合理的のように見えてしまう、あるいはそのように自分を納得させてしまう効果がある。確かに生活する上でお金は大切だが、お金が最も大切というわけではないはずだ。しかも変化を受け入れるタイミングにそれを無視することは、回り回って将来の所得を減少させることすらありうるのだ。

繰り返すが、給与所得の多寡はあなたの価値を正確には表していない。真の自分の実力は、会社や組織や肩書きを取り払って、それでもようやく顧客から得られることのできた、500円であり1万円なのだ。その先にこそお金だけでなく生活と労働のバランスがとれた、心から満足の得られる自分らしい人生のシナリオを描くことが可能になる、そんな社会へと少しずつシフトし始めている。






◆LIFE SHIFTを実現する タイムマネジメント講座(2/24 金曜日)

◆スキルノートのFacebookページ

LIFE SHIFTを実現する タイムマネジメント講座

働き方 プラニング 開催案内 セミナー・講座
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多忙な日常を工夫して、やりたい事にかける時間を創出したい。本当に大切な時間を優先的に確保して自己実現したい。そんな風に感じている方が増えてきました。人生100年時代に必要なタイムマネジメントスキルについて、価値観の認識から日常の習慣に落とし込むまでの手法を学びます。

日時:2017年2月24日(金)19:00~20:30 (18:45開場)

会場:武蔵野プレイス 3F スペースE(武蔵野市境南町2-3-18)
*アクセス JR中央線 武蔵境駅 南口すぐ

定員:12名 *先着順

受講料:2,000円

対象:どなたでも可

申込:専用webサイトもしくは下記メールアドレスまで「氏名、職業、連絡先(携帯電話番号)」をお送りください。

【申込webサイト】

Facebookイベントページ】

【宛先・問合せ先】 skillnote111@gmail.com

実施概要:
・VISIONを描く
・時間管理でなく出来事管理
・効率化は目的でなく手段
・緊急と重要のマトリクス
・優先的にスケジュールすべき事
・習慣化するコツ
・やめる、捨てる意味
・効果的なツールの活用
・全ての決定権は自分に

講師:
スキルノート 主宰/ファシリテーター 芦沢 壮一
1997年一橋大学社会学部卒(教育学専攻)。金融機関に入社後、人材開発部門でビジネススキル研修の開発・講師など企業内教育の推進に携わった経験を活かし、自治体や非営利団体・企業等との連携による公開講座や研修を実施。専門はコミュニケーション、ロジカルシンキング、キャリアデザイン、女性活躍支援。複数の立場を両立しながら時間創出を行い、自己実現と社会的課題の解決を目指している。

*「LIFE SHIFT」=リンダ・グラットン氏の著書より引用、参考。

子どもの主体的な成長のため大人が知っておくべきたった一つのこと

子育て 教育
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「子どものための自己紹介のコツ」講座を先週末に開催し、11組のお子さんとその保護者の皆様にご参加いただきました。

 
これは自分を相手に伝えること、伝わることの純粋な喜びや楽しさを知って欲しいと願い、昨年度から続けている取り組みです。
 
講座を終えた後のある風景と私の考えていることを、今日は少しお伝えしたいと思います。
 
講座終了後、それぞれの表情
とっても楽しかった、面白かったよと親子で笑ってお帰りになる方々の一方で、時折親子で異なる表情をお見せになることがあります。
 
人前がすごーく苦手なお子さんが、やっと解放されたとばかり逃げるように立ち去るのを、待て〜!と追いかけるお母さん、それはそれでOKです。
 
必ずお子さんの頭の片隅に、気づきのカケラが残されています。将来のその時を気長に待つのみです。
 
子は満足、親は不満・・・?
少し気になるのは、お子さんは笑顔でとても楽しんでくれたように見える反面、やや物足りない感じの表情でお帰りになる保護者の皆様。じつは毎回、数組はいらっしゃいます。
 
期待していた内容と違った、もっと明確に成果を感じ取りたい、よりハッキリとやり方を指導して欲しかった、うちの子どもは理解していたのかどうか・・・。そんなお気持ちでいることでしょう。アンケートにもお書きいただくことがあります。
 
私自身まだまだ完璧には程遠い講義と思いますので、お子さんにより楽しんでいただき、また真の気づきを得てもらえるよう努力を継続して参ります。
 
しかしながら、親の不安を満たすだけの、形だけの講義は今後も行うことはないでしょう。どういうことか、ご説明します。
 
楽しみながら学ぶことの価値
この講座の主役はあくまでお子さんです。親の知らない、子どもの成長の一端をほんの少しお手伝いしたい、それによりお子さん自身が何かのキッカケや自信を手に入れ、将来的に他者とのコミュニケーションを自ら楽しめるようになることを、目指しています。
 
そして「楽しむことは、学ぶこと」という理解を、ぜひ親子で共有して欲しいのです。主体的な成長は苦痛ではなく、楽しみの中にこそあります。楽しみながら学ぶことこそ、継続的で主体的な成長に最も必要な要素なのです。
 
前時代的な、苦労してこそ実力が〜という妄想が何ら合理的な成長につながらないのは、最近社会の認知を得てきたスポーツにおいてはもとより、学業やコミュニケーションにおいても同じものと考えています。
 
ですから、講座からの帰路はお子さんが自分から話すまで、親からアドバイスを加えたり、ましてやダメ出しなんか決してしないで欲しいのです。
 
真の成長は「内発的な動機付け」による
大人も子どもも全く同じ、真の成長は内発的な動機づけ以外にはなく、外部からの影響はあくまで補完的なもの。アドバイスは時にはノイズですらあることを、たとえ親と子の関係であっても同様だと、理解することが必要です。
 
親子といえど別人格で、子は親の所有物ではありません。子どもを一人の独立した人間として接し、本人の感覚や判断を最大限尊重することが、親が果たしたい大切な役割なのです。
 
私がこの講座を通じて行っている本当の目的は、子どもたちの支援を通じ保護者の皆様へ今述べたようなメッセージを伝えることであり、またその先にある社会を変えることにあります。
 
やや、大それているかもしれません。しかし気持ちに偽りはなく、まず自分が影響を与えることのできる半径から始めているのが、この取組です。
 
一方的で過度な教育は虐待と同義で、子どもたちを深く傷つける可能性があります。それは自分自身の体験から、確信を持っている事実でもあります。
 
地域の誰もが、支援する役割
そして、子どもの学びを支援する役割は親や学校教師だけではありません。子どもたちが社会で日々関わる全ての人々が、先生です。
 
通学路にいるシルバー世代のボランティア誘導の方々、コンビニの店員さん、自宅にかかってきた電話の相手、図書館の貸し出し係の方、公民館で出会った人形劇の公演者、などなど。私もその中の一人として、地域のお子さんたちに日々関わっています。
 
直線でなく曲線。規則的でなくランダム。ピッタリよりバラバラ。そういう予定調和とは対極にある事実や人間関係こそが、社会そのものの実態だと思うのです。

子どもたちは少しずつ、自分で考え判断し、行動することを覚える。主体性を身につけていく。そんなことを地域で私たちが、皆で少しずつ伝えていくことができたら、きっとより良い社会になっていくのでは、と日々思うのです。
 
「子どものための 自己紹介のコツ」はそんな想いで発案し、形作ってきました。これからもさまざまなご意見をいただきながら、より良い場作りを続けていきたいと思います。

今日は、私なりに感じていることをお読みいただき、ありがとうございました。ぜひ皆さんの感想、お考えもお寄せください。それぞれに異なると思います、それが良い社会を創っていく上で大切なことだとも、思っています。



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バイバイ、ウィッシュ。

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1月15日 日曜日
 
今日、生まれてからずっと乗ったウィッシュとおわかれしました。
 
新しい車はエクシーガクロスオーバー7です。
 
ウィッシュとバイバイしたときは、友達が転校したような気分でした。
 
でも今は、ワクワクでむねがいっぱいです。
 
 
**********
 
10歳の息子の、小学校の日記の宿題から、本人承諾あり。彼と車はちょうど同い年くらいなので、知らぬ間に思い入れがあったのだなぁ。こっちも泣きたいような、うれしいような。

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未読メール777件の真実

コミュニケーション
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何気なくテーブルに置かれている妻のケータイを見ると、何とメール未読件数でフィーバーしているではないか! 衝撃。

本人に聞くと面倒くさそうなのはスルーして、読みたいのだけ読んでたらこうなったのだそう。私はすぐに既読にしたい派なのだけど・・・

そうか待てよと。昨今はLINEやらMessengerやら何でも既読中毒のように振り回されがち。そういう次元から抜け出して、自分にとって本当に大切なものの優先順位を上げていくことこそ、今必要なのでは。

深い、と勝手に解釈。いやズボラなだけだと思うけどね、実際。でもそんな手抜きや鈍感力は、私たちに大いに余裕を与えてくれるのも事実。

そう、もうすぐ迎える新年はぜひとも、常に余裕のある年にしよう。皆様、どうぞ引き続きよろしくお願いします。

(大事なメールはちゃんと読んで返信しましょう)

「ご栄転」というコトバの終わり

働き方 キャリア
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この一年ほど書くことの修行を兼ねてwebライティングのお手伝いを少しだけして、先日卒業しました。学ぶことも多く、元D広告代理店の編集長からよく言われたのは「タイトルで出落ちしないでください」ということ。まぁページ巡らせてナンボの世界では、最後まで読まないと結論がわからない方が滞留時間が稼げ適しているのだろうけれど。でもそれって文章の本質では無いよね、というわけでこの話は出落ちの話です。

組織に勤めていると人事異動の時期は社内がソワソワしてくる。誰がどうした、自分はどうだろうと身を案じ、人生の大切な指揮権が組織にあることを気づかされる。そして転勤となった人々に向けられる言葉が「ご栄転おめでとうございます!」だ。それが本当にご栄転であろうがなかろうが、礼節として、励ましとして全てがご栄転なのだ。

しかしその概念の終わりは近い、と私は考えている。昇進・昇格であろうと「転ずること=ステップアップ、もしくは幸せ」には必ずしもならなくなる、という意味だ。

そもそも転勤とは、組織が多くの従業員に労働意欲と機会均等を与えるための一つの手段。同期入社のAさんとBさんが最初に偶然割り振られた赴任地から何十年も動くことが無かったら、本人の頑張りの有無を遥かに上回る周辺環境からの影響で仕事の成果が左右されてしまう不平等をならすものだ。そして転勤と昇進・昇格は多くの場面でタイミングが重なるようにできている。だから、ご栄転。

しかし働くことに対する人々の価値観は、従来から比べるともの凄く多様化している。ある新入社員を対象にした調査では、「昇進昇格よりも個人の生活の充実を優先したい」という意見が約7割だった。中堅社員でも、声を大にはしなくとも、近い考え方の人は日に日に増えているように感じる。許されるなら今の生活基盤を動かすことなく、でき得る範囲で仕事は続けたいという派の出現。

何というか、もはやそれらを「怠慢だ」とか「忠誠心が足りない」や、「我慢は必要」「負担は皆で分担」などの言葉では説得できない水域にあるように、理屈ではなく実感として思う。

簡単に言うと「仕事は辛いもので我慢をした先に得られる果実がある」という思い込みのような考え方が、実はそうじゃないんじゃないか、ということ。だから、栄えあるはずのご栄転が、本人にとってはそうではない。または、本人はそうでも家族はガックリ、という状況。

となれば「ご栄転おめでとうございます」の定番あいさつが無くなる日が来るのは、まんざら空想でもなさそう。AI・IoT社会が進めば人間個人に求められるスキルは変化し、人を管理するだけのゼネラリストの絶対数は限りなく減少するとも聞く。それよりも代替できない専門スキルを掘り下げることが生身の労働価値になり、「転じる」というアクション自体の意味が低下する可能性も高い。

じゃあ自分はどんな選択をし、行動しようか。悩みは尽きないどころか先例の無い難しい環境に私たちは今置かれているのだ。さあ、そんな事を考えながら2017年はどのように自分のキャリアをデザインしていこうか。

貸し農園で農業を始めたら良いことづくめだった話

暮らし 趣味 価値観 ライフスタイル
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ふとしたきっかけで自宅近くの農園を借りて野菜づくりを始めて3年目。ほぼ経験値ゼロからのスタートにも関わらず、すっかり生活の一部となりその魅力に取り憑かれています。飽きることなく続けていけるのは、野菜づくりを通じてたくさんの「良いこと」に日々出会えているからなのですが、その要因を大きく4つお伝えします。

1.採れたて野菜はとにかく美味しい!
自分の手で、家族みんなで作った野菜はとにかく美味しいんです。これまでに挑戦した作物はレタス、キャベツ、ニンジン、スナップエンドウ、枝豆、ジャガイモ、オクラ、芽キャベツ、トマト、下仁田ネギなど季節ごとに様々。誰かに販売するわけではないので、自分たちが食べたいもの、興味ある品種を旬に選んで育てます。時には「種」にもこだわり、収量増や病気対策のため品種改良された「F1種」ではなく、古来からの野菜の姿が楽しめる「固定種」を育てたりもしています。

有機無農薬で少量の野菜を手作業で育てていると、スーパーで毎日並んでいる野菜のことも自然と考えます。農家さんは安定供給や生活のため、ある程度の農薬を使い大量生産に適した方法で野菜を作ります。そして様々な工程と流通を経て、畑での本来の姿とは少し違った野菜がスーパーの店頭に並びます。そこには虫喰いキャベツやイビツなキュウリ、色ムラのある枝豆は並びません。一概に良し悪しということでなく、自分自身で野菜を作ることを通じてそんな事実を自然にはっきりと認識します。

そして何より、自分で野菜を育てると野菜本来の味を新鮮な状態で味わうことができます。採りたての野菜は甘みがあふれ、苦味がありません。野菜の苦手な子供たちも自然と食卓のサラダに手が伸びるようになります。農業が身近な産業だった時代はそれが誰にとっても自然な生活リズムだったはずですが、そんな生活に少しだけ回帰してみると、何とも幸せな気持ちになれます。
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2.リラックス・デトックス・ストレスフリー
どんな野菜も最初は土づくりから始まります。しばらく使っていない畑をクワで耕し、石灰を混ぜて中性化し、腐葉土や緑肥をすき込んで柔らかくし、鶏フンなどの有機肥料で土地の栄養をつける。そんな一連の作業は30分もすると汗だくで、たかだか4m×2mのお借りしている土地を全て耕すには半日以上かかり、終わる頃にはもうヘトヘト。でも作業の間たえず漂う土のにおいと手触り、千切れた雑草から漂う青くさい香り、それらが混じり流れる汗とともに日頃のモヤモヤを吹き飛ばしてくれます。

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土や緑に触れていると自然と心が落ち着いてきます。畑での時間の流れ方は、オフィスのそれとはだいぶ異なります。時計に従って作業するのでなく、土や野菜や天候のリズムに人間が合わせていきます。それは人口のものではない自然との対話だからこそ、元々私たち人間が持っていた原始的な時間の流れに、心身がゆったりと和んでいくのでしょう。

その証拠に、畑で作業をした日はぐっすりと深く眠れます。程よい疲れで自然と眠りにつき、睡眠の質も深くなります。聞くところによると、うつ病など精神疾患からのリハビリとしても畑での作業は有効に活用されていて、園芸療法という分野も確立されているのだそうです。畑には、リラックス・デトックス・ストレスフリーの効果があることを体で実感しています。
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3.畑が土日のレジャーになる
野菜は生き物なので、放っておくことができません。少なくとも週に一度はメンテナンスの時間が必要で、植え付け時期はまめに水やりをしたり、保護のためのネットをかけたり、雑草を適切な程度に抜いたり、成長に合わせて追肥したり、様々な作業があります。また収穫期にはどんどん出来てくるので、食べ頃を損なわないように収穫します。

必然的に土日のどちらかは数時間から半日程度を畑で過ごします。いつしか子供たちと一緒にレジャーシートとおやつを持って畑へ出掛け、野菜の作業をしては休憩し、まるでピクニックのように楽しんでいます。虫が好きな長男はいつもバッタやトンボ、カマキリなどを追いかけるのに夢中です。また子供たちも畑の作業を通じてクワやカマ、剪定ハサミなど少し危険な道具の使い方を覚える機会になります。土や虫たちとたわむれながら、とても東京とは思えないアウトドアな時間を畑では過ごすことができます。

そんな週末のため、畑をお借りしてからは相対的にレジャー費の支出が減りました。畑には毎月数千円の使用料をお支払いしていますが、遊園地や旅行の支出に比べたら遥かに安上がりです。花の咲く季節には野菜が様々な色の花を見せてくれ、観光地に行かなくても楽しめます。今では家から自転車で10分にある畑が何よりのレジャーになっています。
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4.新たなコミュニティができる
私が野菜づくりを行っている農園は、地主の農家さんが使わなくなった分の土地を「体験農園マイファーム」https://myfarmer.jp/ という民間サービスに委託をし分割してユーザーがお借りする仕組みになっています。行政が提供している市民農園もよいのですが、年度ごとの抽選で打ち切りがありえることや、土地の移動が必要になるなど様々な制約がある場合もあると聞きます。その点で民間の体験農園サービスは連続した取り組みが保証されていて、安心して野菜づくりを行えます。

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同じ農園には30区画程度があり、他のユーザーさんとも時折顔を合わせるので「いい色の野菜ですねー」「何に挑戦してますかー?」なとお互いに声を掛け合って、気軽な農園付き合いになっています。また畑には「管理人さん」が毎週末に来てくれるので野菜づくりのアドバイス・具体的なサポートはもちろん、時にはユーザーを集めた畑でのお食事会を企画するなど、ちょっとしたコミュニティになっています。

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地主のおばあちゃんもとても良い人で、ご自身でも畑の一角を使って野菜やお花を育てています。先日おばあちゃんから枝豆のおすそ分けをいただきましたが、農業歴数十年の腕前と私たち素人との差は歴然としていて、畑のおばあちゃんの凄さをあらためて認識しています。こうして、職場と自宅のほかに畑がサードプレイスの機能を果たしてくれ、新たな居場所となり生活全体のクオリティを高めてくれます。


さて、いかがでしたか? 良いことづくめの貸し農園、気になる皆さんはぜひ始めてみてください。
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