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skillnoteのブログ

プレゼン技術、多様な働き方、パラレルキャリア

学校も家庭も、他人と違うことをイイねと言える場でありたい

価値観 子育て ダイバシティ
昨年の今頃「もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は〜」で始まる鎌倉市図書館のつぶやきが話題になったことを覚えているだろうか?

そう、二学期の始まるこの時期は子供達の自殺が多い日として知られるようになり、その逃げ場所の大切さについて考える機会になった。一方、堀江貴文さんが最近のインタビュー記事で学校という空間の違和感についてコメントしている。

堀江貴文氏が大胆な分析「日本人の99%は洗脳されている」 - ライブドアニュース

洗脳、というとどこか自分とかけ離れた世界のような気がするが、同調圧力の強い小社会に日々身を置くことは結果として物事の捉え方や人格形成に強い影響を与える点で、学校もその一つの場としてあながち外れていないように思う。

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私自身は田舎の村に育ち、小学校の同級生は30人程度で1クラスしかない環境だった。ほんの少しだけクラスメイトより勉強がわかっただけで周囲の大人たちから神童扱いされ、結局6年間、神童としての立場を演じ続け同調圧力の産物として手本のように振る舞う苦痛を味わうことになった。

学校で「良い」と評価されることはおおよそ次のようなものだ。授業の内容がよく理解できること、ハキハキと挨拶できること、何事も自分で考え創意工夫すること、様々なものに興味関心を持ち視野を広げること、恥ずかしがらずに他人の前で意見を伝えられること、校則や社会のルールを決して破らないこと、遅刻や欠席をしないこと、人前に立ってリーダーシップを発揮すること、弱い立場の人のことを考えられること、周囲と協調して物事を進められること、等々。

では私たちの周りに、これらが全部できる子供がどれだけいるだろうか。「幻の子ども像」とも言える理想の姿を全ての子供に求めることは、意味あることなのだろうか?学校が多くの子供にとって押し付け気味に理想像を求められる場であり、またそれを是とする同調圧力に満ちていたならそれは洗脳される事に他ならないし、そのような場所に行きたくないと感じるのが防衛本能だろう。また親も同じ事を家庭内で求めているのなら、家庭にも自分の居場所が無いように感じ、これが行き詰まると最悪の悲しい選択肢へとつながっていく。

親として再び学校教育に向き合う時期となり感じることは、学校が子供に対し「他と違うことを価値視する場」であって欲しいということだ。夏休みの課題は、そりゃ全部やった人は頑張ったのだろうけど、自由研究に熱中するあまり漢字の書き取りが半分しかできていなくても、それは子供として十分に学んでいるのだと、トータルで捉えればいい。運動会で列に並べずチグハグなダンスをしている子供は、きっと踊りながら空の雲の不思議を考えているはず、そういう暖かい目線が必要だ。

一方で現実の状況として、いくら授業と学習塾で学力を上げ中高受験で"良い"学校に行き、"良い"大学に合格したところで、それは将来に対する何の保証にもならない。もっと言うと就職活動で名のある企業に入社したとして、それが大人に用意されたレールの上を周囲からの暗黙のプレッシャーに従ったまま進んだ結果であるならば、その事すら人生においてはさほど価値を成さないものだし、まるで他人の人生を生かされるような喪失感を味わうことにもつながり、いずれどこかで破綻する可能性も小さくない。

つまり、他人と同じことを続けることでむしろ人生全体のリスクが高まり、本当に自分が果たしたい役割を見つけることを邪魔してしまう。それよりも子供の自由で伸びやかな発想や、他人と異なるそれぞれの自分らしさを誇りに思えるような「自己肯定感」を身につけることこそが、長い人生を有意義に楽しく過ごす上で大切な要素だ。いま世の中は何かにつけ多様性、ダイバシティの大切さが叫ばれているが学校の中も、子供たちも全く同様だ。

だから、学校の宿題がなかなか終わらなくても、人前でうまく話せなくても、帰りに寄り道して少しの買い食いをしたとしても、大目に見てあげるくらいの寛容さが必要だ。その場その場はコラ!と怒ってしまうかもしれないが、それは型にはまらないから怒るのではなく、他人への迷惑とか、命に関わる危険だとか、納得感ある理由で伝えることだ。他人と同じではないからダメ、ということは子供の成長にも自己肯定感にもつながらない。

さて、我が家の子供も今日が始業式。昨夜は22時くらいまでかかって、今そこでコレが出てくるか?!という宿題の数々を「やらずに行けば〜」という親の意見を背中に受けながらも一応やり切って出かけたわけだが、さて久しぶりの級友と会いどんな事を感じて帰ってくるだろうか。学校が子供にとって他人と異なる自分を認めてくれる居心地の良い場であって欲しいし、また家庭も同様に子供にとっての安心領域を整えることが、親にできる数少ない役割ではないだろうか。

「終わった人」になりたくなければ、いま始めよう

ライフスタイル キャリア
夏休みはケータイの電波も弱々しい森の中のキャンプ場で5日間、のんびりと過ごしました。子供たちと森の中を探検したり川で魚取りをしたりスモークチーズを作ったりしながら、合間の時間に読んだのが「終わった人」(内館牧子著)。深く共感しながらも「終わった人」が今後も大量生産されていくであろう社会は一体どうなってしまうのか、とハラハラしました。ご紹介を兼ねて感想をお伝えします。

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これは長年の銀行勤めを定年退職した主人公が、居場所無くやり甲斐のない日々に苦しみながらも、生き方を模索し様々な出来事に遭遇し、気づきを得ていくお話です。読み進めながら思わず書き留めたフレーズがこちら。


・夫が現役時代に自分のことばかり考えていた間、妻も自分の生き方やコミュニティを固めてきたのだ。

・定年というのは、夫も妻も不幸にする

・それにしても、本当にやることがない。本当にない。人にとって何が不幸かと言って、やることがない日々だ。

・サラリーマンは、人生のカードを他人に握られる。配属先も他人が決め、出世するのもしないのも、他人が決める。

・定年になった男たちは家庭に戻るか、趣味に走るしかないんだなって、実感するよ。

・暇だ、とかやることがない、という言葉で誤魔化してきたが、所属する場のない不安は、自分の存在を危うくするほど恐いものだった。

・今まで誇りにし、俺自身を育ててくれたものがマイナスになるのはおかしい。学歴や職歴は俺を作っている。俺らしさはそこにある。

・「職場と墓場の間」に何もない人生が、いかにつまらないか。それは俺の身にしみている。


この本は出版から約一年となる今も読者がジリジリと増え続けていて、本についている感想ハガキが通常の何倍も送られてきているのだそうです。読者の多くは主人公と同じ定年退職を経験したサラリーマンで、まるで自分のことを言い当てられたようだ、というコメントが多いのだとか。

そう、物語というよりはほとんどドキュメンタリーに近い仕上がりで、作者はさぞかし多くの取材を重ねてリアリティーをこの作品に与えたのだろうと感じます。そして大切なことは、「終わった人」はこれからもどんどん大量生産されていき、それは決して社会にとって良くない影響を与える要因となっていくだろう、ということです。

定年を迎えてから人生のリアリティーに気づくと、そこから過去40年を検証し直してから、その先20年かそこらをデザインすることになります。身体に染み付いた価値観や経験やプライドなど、捨てたり変えたりした方が良いものを柔軟に取り入れることができる人は人生を生き直す喜びを感じることが出来るでしょうが、現実には多くの方が変化を受け入れることができず「終わった人」と呼ばれる存在になってしまいます。

これは単純にサラリーマンが良くなくて事業主が良い、という話ではなくて、働くことに一辺倒になることで人生のバランスを崩し、大切にすべき様々な要素をその時々に置き去りにしてきたことの反動が、定年後一気に押し寄せてくる、ということなのだと理解しています。

働くことはある意味「社会」を遠ざけることができる、意識しなくても生きていける免罪符の要素があります。仕事だから他より優先するべし、仕事を頑張ってるから評価される、そういう積み重ねと表裏一体で、家族の中の役割や地域で得られたはずの立ち位置を一つずつ失っていくのです。

仕事を疎かにして良い、収入を軽視するという意味ではなく、それらと程よいバランスを取って「両取り」する器用さが本来は必要なのに、それを「仕事だから」という理由でサボってきた、そのしわ寄せが定年後に形になって表れる、だからそれに気づいていた家族からは見放される、そういうことなんだと思います。

これらのことに早く気づき、30代40代のうちから働くことに頼り切りにならない、実りある人生を意識して創っていく、それがきっと大切なのだとこの本を通じて気づかされました。かなり宣伝記事風になりましたが、1,700円は決して高くない価値のある一冊として推薦します、ぜひ。

終わった人

終わった人


◆主催講座9/11(日)夢を実現する「手作り名刺」をつくろう! http://kokucheese.com/s/event/index/414066/
「好き」や「得意」を活かして、なりたい自分になろう。個人の名刺を手作りすると、そこから「パラレルキャリア・2枚目の名刺」の発見につながります。

本気でビジネススキルを高めたいなら今すぐ熟読すべき厳選5冊

ファシリテーション ビジネススキル 文章 プレゼン
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書店のビジネスコーナーに行くと所狭しと並んでいるビジネススキル本。身につけたらきっと自分の仕事やキャリアに役立ちそうだけど、多すぎてどれが良いのか正直わからない!という皆さんにお勧めの厳選5冊をご紹介します。いずれも章立てがシンプルで知りたい事を明確に把握でき、またそれぞれの内容のクオリティが高いものを選びました。私自身が一人のビジネスパーソンとして、またセミナーのファシリテーターとして今現在も手持ちの辞書のように日々活用している5冊ですので、自信を持ってオススメします。
 
1.「あたりまえだけどなかなかできない プレゼンのルール」箱田 忠昭 著(明日香出版社)

あたりまえだけどなかなかできない プレゼンのルール (アスカビジネス)

あたりまえだけどなかなかできない プレゼンのルール (アスカビジネス)

こちらは「プレゼン技術」に関する専門的な技術をシンプルに解説した名著です。一言に「プレゼン」というと指し示す対象が広いのですが、この本では最も基礎的な「話し手の伝える技術」について絞ってその要素を解説しています。具体的には一対多数の場面でのプレゼンに効果的な「声の出し方」「ジェスチャー、身振り手振り」「テンポと間」、あるいは「座席の効果的な配置」などについて極めて実践的な内容です。箱田氏はその昔に「プレゼン技術」の概念を日本に輸入した張本人で、国内におけるプレゼン分野の祖とも言える方です。私は箱田氏のプレゼン研修を10年以上前に受講しましたが、そのインパクトは今も色褪せることなくこの本にしっかり反映されています。どのような職種であってもプレゼン能力の有無は仕事の成果に直結しますので、まずは一読をオススメします。
 
2.「頭のいい説明『すぐできる』コツ」鶴野 充茂 著 (三笠書房)

頭のいい説明「すぐできる」コツ―今日、結果が出る! (知的生きかた文庫)

頭のいい説明「すぐできる」コツ―今日、結果が出る! (知的生きかた文庫)

「話がわかりづらい」「相手にうまく伝わらない」などの悩みを、効果的な文章構成の技術を用いて解決します。上記のプレゼン技術を上達する要素の一つとして「話の構成力」が必要となるのですが、その部分について掘り下げた内容でもあり、また同時に「ロジカルシンキング」の要素を平易に理解することもできます。数多くあるロジカルシンキング本はその本自体の読解に相当のスキルを要する、という本末転倒のジレンマによく遭遇しますが、この本はそういう心配とは無縁です。気軽に読み進めていき少しづつ実践してみると、気づいたらロジカルシンキングが身についていた!という嬉しい状態になれることでしょう。ロジカルシンキングは問題解決力や文章表現、コミュニケーションなど広いスキルの基盤となる要素ですので、早めに習得できると他のスキルとの相乗効果が期待できます。
 
3.「すぐできる!伝わる文章の書き方」赤羽 博之 著(日本能率協会マネジメントセンター
 SNSやブログが一般化した今、誰であっても他人に読まれる文章を書く機会が増えてきました。「書き言葉の表現」についてカッコつけたり自己流のスタイルを決める前に、まずは「きちんと伝わる表現」を身につけることに焦点を当てた指南書です。1,000~2,000文字以上などある程度長い文章を継続的に書くには、この本で採り上げているような「短く言い切る」や「重複を避ける」などの基礎的な文章スキルがあると格段にクオリティが高まります。プロ・アマチュア問わず文章力をコミュニケーションスキルのひとつとして手の内に入れることができるとどんな場面でも活用できますし、ちょっとしたライティング業務を請け負うことも可能になります。著者の赤羽さんは日々全国での文章セミナーを開催されていて現場目線の悩みとその解決策に精通しておられ、実践的な内容になっています。

4.「地頭力を鍛える 問題解決に活かす フェルミ推定」細谷 功 著(東洋経済新報社

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」

地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」

いわゆる発想力や思考力を高めるため、知識の蓄積ではなく「脳の体力=地頭」を鍛えるトレーニングの本です。その手法で有名なフェルミ推定とは、その昔に物理学者のエンリコ・フェルミが教鞭をとっていた大学生相手に問いかけた話が元と言われています。有名な設問に「シカゴにピアノの調律師は何人いるか」を文献やデータを参照することなく導き出す、というものがありますが、既知の情報(人口など)からおおよその目安となる値を割り出し、仮説思考に基づき問いに対する答えを導く技術と重要性を学ぶことができます。同時に大切なのは正解の値を算出するという結果だけではなく、未知の難問に対してあきらめずに、むしろ「ワクワクしながら」アプローチを重ねていく精神性にあるとも言われます。私達の現実社会でもIoT(モノのインターネット接続)やAI(人工知能)の発展により、知識量ではなく考え方や捉え方にこそ価値が生まれてくると言われていますので、まさにこれからの私たちに必要な能力を高めるのに有効な一冊です。
 
5.「ワールド・カフェをやろう!」香取一昭、大川恒 著(日本経済新聞出版社

ワールド・カフェをやろう

ワールド・カフェをやろう

大人数での会議やディスカッションが今ひとつ盛り上がらない、発言する人が偏る、深い議論に辿りつけないなどの悩みをビジネスパーソンなら誰しもお持ちだと思います。「ワールド・カフェ」はアニータ・ブラウン氏とデイビッド・アイザックス氏により1995年にアメリカで提唱された話し合いの進め方についての技法で、その後日本でも本書をきっかけに広まっていきました。本物のカフェのようにリラックスした雰囲気の中で何らかのテーマに関する対話を行うことが特徴です。進行においてはいくつかのルールがあり「他人の意見を否定しない」「発言しながらテーブルの上の模造紙に書き込む」「共通点やつながりを見つけ広げる」などを守りながら4~6人単位の小グループのメンバーでの話し合いを行い、その後も何度かメンバーの組み合わせを変えていきます。すると不思議なことに、まるで会場の参加者全員が話し合っているような効果が得られ、議論も深まっていきます。本書ではその手法や効果を知るとともに、実際にワールド・カフェを運営するための具体的な実例が記載されており、誰でもファシリテーターとしてワールド・カフェを開催することができます。


ご紹介は以上です、いかがでしたか?この夏、本気でビジネススキルを高めたい!という気持ちになりましたか?まずは気になる一冊から気軽にポチッと始めてみてください。




★この記事はwebメディア「街角のクリエイティブ」にも掲載されました★

「2枚目の名刺」と「プランド・ハプンスタンス(計画された偶然)」の関係

働き方 キャリア パラレルキャリア
最近「二枚目の名刺、パラレルキャリア」的な働き方がようやく世間の認知を得つつあります。私自身は4年ほど前から勤めの仕事を継続しながら、土日や休日を使ってプレゼン技術やロジカルシンキングなどに関する講座や何らかのテーマに関する場のファシリテーションを地域や組織で行ってきました。

複数の立場を並行して価値提供する「パラレルキャリア」の考え方は経営学ドラッカーが唱えていたもので案外歴史は古く、よくよく考えるとヒーロー物のストーリー例えばスパイダーマンは普段は新聞記者で誰かの危機を救う時はヒーローに変身するという、まさに二枚目の名刺な人だったわけです。戦国時代の農民は畑を耕す日常と、戦の時には軍に招集され兵となるパラレルキャリアが常でした。

一つの職業にのみ専ら集中するサラリーマン的な働き方というのは、戦後を経て高度経済成長の時代に大手資本へ労働力を集約した時が契機と言われていますので、実はたった50年の歴史しかありません。社会が経済的に潤い右肩上がりの成長を遂げていた時期は細かい課題は大きな成果に隠れ問題として認識されませんが、景気が減退し人口減少・低成長社会にシフトしつつある今その働き方や価値観を見直そうという動きはごく自然なものと言えますし、一つの職業や立場に縛られない近代以前のワークスタイルに再び注目が集まるのは理にかなっていることなのかもしれません。

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私自身の場合ですが、勤め先の組織は割と柔軟な就業規則を持ち、兼業禁止ではありません。事前に申請すれば報酬の有無に関わらず他の業務に従事することを条件付きで認められます。もちろん、公序良俗に反することや企業イメージを毀損する事業、また本業に近すぎる競合事業などは除外されますが、それ以外は目的や意義が妥当なものであればOKというものでしたので、幸いにして私の活動は認められ何も気兼ねすることなく個人としての活動を始めることができました。

パラレルキャリアの効用については研究者による事例分析も進み様々な効果や成長への寄与が言われています。実感としては視野と人脈が広がることと、何よりその道のプロフェッショナルとして自分のスキルに磨きをかけるプレッシャーに日々さらされ、自然と鍛えられることだと考えています。二枚目の名刺というと短絡的に本業との相乗効果、などど言われることもありますが、本来はそれが目的ではなく結果としてそうなれば良いねという話と理解していますので、目先の成果を追わないことが大切だとも感じています。

さてそんな風に取り組みを続けていると、いわゆる「棚からぼた餅」のようなラッキーが、ごくたまに舞い込んできます。二枚目の名刺を持っていたからこそ得られた新たな期待役割や、正攻法では到達できない場所へのショートカットなど意外な展開です。キャリア理論では自身のキャリア形成に大きな影響を与えるのは8割を占める偶然の出来事、すなわち就職活動の結果や入社時の配属、上司との相性やコントロールできない市場の変化であって、自ら計画して積み上げたものの影響は2割程度に過ぎない、という考え方があります。

と同時にそれをあきらめるのではなく「プランド・ハプンスタンス(計画された偶然)」として、その偶然をいかに予測しながら良いところを捕まえ活用できるか(=棚からぼた餅)、という対処の心構えがあります。二枚目の名刺を持つことで行動範囲が多様化し、「計画された偶然」との遭遇率が格段に高まることこそが、活動の醍醐味のように感じています。

おそらく多くのパラレルキャリアな人々はこの魅力に気づき、日々どんなことが起こるかわからない不思議な期待感が活動を継続していく動機づけになっているのではないかと思います。日々の仕事や人間関係に行き詰まりを感じたなら、ぜひ2枚目の名刺を持つことから始め、日々のワクワクが増えていく様を体験してみることをお勧めします。





*というわけで、そんな気持ちの方をそっと支援する企画のご案内です。
【主催講座】夢を実現する「手作り名刺をつくろう! 9/11(土)

毎月決まった日に定額の現金が振り込まれる仕事があるらしい

働き方
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その仕事は
 
開業資金を必要とせず
 
体一つで始めることができ
 
個々の業務に関する価格交渉の必要は無く
 
請求書の発行も不要で
 
交通費の自己負担は無く
 
何故か家賃の補助まであったりする
 
入金の遅れを心配し恐る恐る督促することなどなく
 
毎月決められた日に定額の現金の振込があり
 
滅多にそれが遅延することはない
 
納税手続きは代行してくれ
 
所得控除の恩恵もあり
 
金保険料の半額は肩代わりしてくれる
 
健康診断を無料で受けられ
 
スムーズにクレジットカードを作れ
 
マンションへの入居を拒否されることはまずない
 
名刺は無料で支給され
 
机も椅子もPCもコピー用紙も無料で使い放題
 
そんな役割が明日突然なくなるということもない
 
そんな
 
お金を支払うことなく
 
稼ぐことのできる
 
夢のような仕事
 
サラリーマンという役割
 
 
 
 
 
その役割はまだ50年の歴史しかない
 
高度経済成長を支えるため
 
国と経済界が団結して作り上げた
 
それまでの歴史にはない斬新な働き方
 
さて50年が経ち
 
経済成長と経済縮小を経験し
 
社会の状況は変わった
 
私たちの価値観も変わりつつある
 
技術革新は驚異的なスピードで
 
人工知能は人間の頭脳の多くに取って代わるという
 
20年後には50%の仕事が無くなり
 
知識労働は形を変える
 
あなたの仕事はどうなるだろうか
 
 
 
 
 
おそらく
 
新たな役割を
 
みずからが生み出していく
 
そういう場面に誰もが接し
 
仕事は自分でつくる
 
自分で価値を生み出す
 
そんな力が必要になる
 
そのとき
 
組織に頼らない
 
何にも守られていない
 
自分の本当の力が試される
 
ふと思うだろう
 
毎月決められた日に
 
定額の現金の振込があることが
 
奇跡に近いことだったと
 
そんな未来が
 
いずれやってくるのだ
 
あなたのもとに





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隣の人と同じものを持っている安心感、というのが総中流社会の特徴として長らく支持され、続いてきました。郊外に持ち家を構え、毎日職場にスーツで通勤し、週末は大型ショッピングセンターや大規模な娯楽施設で余暇を楽しむ。子どもは皆学校に行き、学習塾と習い事で夕方を過ごし、合間の時間に携帯型ゲームを友達と楽しむ。ファッションは年々の流行色や型を追い、率先して行列のあるランチに並ぶ。大型連休や夏休みには皆同じ日程で帰省や旅行に出かけ、交通渋滞がある種の安心感すら与えてもいます。

隣の人と同じ行動をすること、そんな人がたくさんいることが、長く日本の社会、経済を支えてきたのは事実です。働き、そして消費するというサイクル。しかし昨今は、少し違う考え方や選択肢を持つ人々が増えてきました、必ずしも消費することが良いことではなく、物質的な価値よりも精神的な充足を求める、そんな考え方や感じ方です。

それは、働き方の変化にも少しずつ影響を与えています。とにかく懸命にガムシャラに働き、提供する労働時間と引き換えに賃金を得るという物質的な価値よりも、働くことそのものが社会にとって意味のあることに繋がり、自分がそのために何かを生み出す役割を果たしているのだという精神的な充足感を求めるという価値観。

そしてクリエイティブ、という要素はほんの数年前まではごく一部の業種・職種の人にしか関わりのないものだと多くの人が考えていました。文章やメディアに関する仕事、イラストレーターや舞台俳優など、表現することを業とする人々です。しかし今は、いかなる業種・職種においてもこれまでと異なる価値を生み出すことが必要となり、クリエイティブであること、クリエイティブとしての思考性は誰にとっても必要とされる能力に変化してきました。

もうおわかりだと思いますが、毎月決められた日に定額の現金が振り込まれるサラリーマンという働き方の善悪を問いたかったわけではありません。それに見合った価値を提供できている、そういう働き方、生き方であれば独立した事業者であってもサラリーマンであっても社会に果たす役割があり、人々に歓迎されるでしょう。それぞれが他人と異なる何かを生み出せる社会は、きっと住み良い世の中になっていくものと思います。

 

「伝える」と「伝わる」の境目にあるもの

コミュニケーション
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「伝える」と「伝わる」の境目にあるもの、それはきっと視点の切り替え。特に自分と異なる立場や属性の相手ほど、その意識の有無がコミュニケーションの質に大きく影響する。

話している自分の姿を、頭のずっと上の方から、あるいは相手の背中側から眺めているもう一人の自分を何となく意識できた時、客観的に「自分の話は理解されているだろうか?」という謙虚さが生まれ「伝える」は→「伝わる」に変化していく。

それを実践するごく簡単な方法は、口に出して「今の話、伝わってるかなぁ?」と聞いてみること。恥ずかしくも失礼でもない。その瞬間と相手を尊重すればこそ、そんな会話が生まれ、そしてより深いところにお互いのコミュニケーションを連れていってくれるのだ。

残念ながら私たちの周囲にあるほとんどのやりとりは、伝えているけど、伝わっていない。とても悲しい思いをすることも、怒れることも、みんな「伝わらない」から始まっている。

だからもう一度しっかり足元を見つめ、伝わってる?を大切にしたい、そんなことを思いながら過ごした一日でした。





*主催セミナー「親子で学ぶ 自己紹介のコツ」 【7/16(土)】自己紹介を通じて親子で笑いながらプレゼンスキルの初歩を学べます。

「2枚目の名刺」は本業に役立たなくたっていい

働き方 パラレルキャリア
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最近なんだか「複業」ブームである。すなわちパラレルキャリアであり、サードプレイスであり、2枚目の名刺などである。そんな「二足の草鞋(わらじ)」的な単語が日々webメディアだけでなくテレビの地上波でも行き交うようになったのは少なからぬ驚きだ。私自身は長らくその価値についてお伝えしつつ自身でも実践してきたゆえ、ついに社会が動くのかとやや興奮気味に嬉しい気分でもある。

2枚目の名刺の価値とは?

しかし、ちょっと待った!と言いたいのだ。2枚目の名刺は「本業に貢献しなければいけないのか?」「本業に役立つから意味があるのか?」ということ。よく聞かれる文脈はこうだ。

・サラリーマンが、所属する組織の外で別の役割を持つ働き方がいま、注目されている。

NPO支援を通じたボランティア、プロボノなどの立場で社会的な課題に関わることで、視野が広がり自分自身の保有スキルや課題を客観視できる。

・社外の多様な人材との接点が生まれ、新たな人脈や価値観を得られる。

・本業では経験しづらいスピーディーな運営や創造的な役割を担うことで、成功体験を得たり新たな能力開発につながる。

・ひいては、本業における仕事のパフォーマンスや組織運営に良い影響を与える。

・だから「2枚目の名刺」は良いので、皆さんチャレンジしましょう。

筋は通っている。複線的な働き方の魅力を伝えてはいる、でも何かスッキリしないのだ。このモヤモヤの理由は何かと、しばらく考えてみて辿り着いたのは、やや乱暴な言い方をすると「大きなお世話」という一言だ。

一方的な就業規則をタテに活動に反対されるのは困るけれど、かといって「あなたのプライベートの挑戦は我が社のエネルギーになるのだ」と言われても、正直むず痒い。

二面性が心地よい理由

元々誰しも「二面性」を持つことは一つのアイデンティティから離れて心地良いリラックスの時間になったり、自分だけの世界で羽を伸ばすことでストレス解消につながっている。

カイシャ関係とは全く異なる人たちに囲まれて、カイシャの自分と全く違う立場役割を、カイシャの知らないところで演じるから、それが楽しいと感じているはずだ。趣味の世界や、地域でのお付き合いの良さはそこにある。複業・パラレルキャリアもその点は全く変わらない。

だから、カイシャは個人の挑戦を遠くから温かく見守ってくれればそれでいい。実は「見て見ぬ振り」というのは絶妙な温度感なのだ。だからカイシャよ、どうか焦らないように。もはや社員の全てを把握してコントロールしようだなんて、それが幻想であるとこは誰しもわかっているはず。せっかく芽吹き始めた社員の主体的で創造的なキャリア形成の若芽を摘むことのないように、どうか配慮して欲しいと願うのだ。

本当の効果は数年後にやってくる

つまり、短期的な成果を求めることはナンセンスだということ。「我が社は複業を積極的に認めたので、新たな成果が本業で発揮されました」とは簡単にはならない。一つの事業をゼロから育て何らかインパクトある成果を得るには、数ヶ月や一年そこらでは到底難しいことで、また逆にそれくらい高い難易度の事業に取り組むことこそが、目先にとらわれず本質的な価値を追求できる2枚目の名刺の魅力なのだ。

一連の動きを通じて世の中の働き方の変化が良い方向に向かっていることは事実。だからこそ、一時のブームで消え去ることのないように「2枚目の名刺」活動に対するアプローチを間違えることなくしかし大胆に進めて行く、そんな局面にあると考えている。

個人も、組織も、成果を焦らないこと。時間を度外視した先に、本当に価値ある何かがあるはずだ。それは私たちが長きにわたる経済至上主義の世の中で忘れ去ってきた、見覚えのある「何か」かもしれない。

そして2枚目の名刺において大切にしたいこと、それは自分が心から好きで、使命感に駆られて自分の手で何としてもやりとげたいと強く感じるそんな「役割」を見つけることだ。それはもしかすると天職につながる道すじなのかもしれないし、それを確実に極めていくことでいずれ本業ともごく自然に影響し合うことだろう。その時、二つの名刺は初めて一体化し、自らの主体的なキャリアが実現していくきっかけとなるのだ。