skillnoteのブログ

プレゼン技術、ファシリテーション、多様な働き方

なんで自分にばかり不幸は訪れるのかという想いと、その反面豊かな気付きに出会えることへの感謝

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スキルノートの芦沢です。気づくと7月も終わり、夏真っ盛りです。6〜7月は公私に多忙すぎるあまり、日々生きている実感があるような無いような、振り返るとやや健康を損なう日々でした。暑さも尋常じゃなかったですしね。

 

特にこの1ヶ月は自分や家族にふと「よくないこと」か重なる時期となり、メンタル的にはなかなかきつい毎日でした。何が、という具体的なことはブログでは伝えられないのですが、どうにも自分自身の力では乗り越えられないと感じること、今週リカバリーして来週からは立て直そうという短期的で出口の見えるトンネルではなく、長期戦必至の様相となっていて、対応力が試されているようにも感じます。

 

我が家は何かとハンデ戦を強いられてきたこれまでの流れがあるので、妻などは平然と開き直って「なるようにしかならないし、なるようになる」という大黒柱っぷりを発揮していて、改めて頼もしいなぁと感心する日々。やっぱりいざという時の母親は強い。見習って、自分自身も前向きエネルギーをいただいています。

 

人生は長いので、時には「なぜ自分にばかり不幸は訪れるのだろう?」と懐疑的になってしまうことがあります。しかしその時は同時に、普段の平穏な生活では気づくことのなかった世の中の事柄や、これまで知ってはいたけど他人事で自分には関係ないなぁと割り切っていたことが突如「自分ごと」になったりするので、半強制的に視野が広がったり、多様な価値観に対する理解が深まったり、客観的に見れば実に豊かな気付きに出会えるチャンスにもなることを実感しています。

 

昨今言われているように人生100年時代、かつ低成長で少子高齢社会の今は量的な充足感ではなく質的な幸福感が必要となってきました。順調な進学、就職、出世の先に何があるかわからない不透明な時代です。そもそも、多様に広がった個人それぞれの価値観に見合った、隣の芝生とは比べることのないオリジナルな生き方を求めていく先にこそ、それぞれの異なる幸せの形が見つかる、そんな世の中になりました。

 

だから、これまでの世の中では失敗とか病気とかハンデキャップとか見なされてきた事柄が、web周りの技術革新の急激な進化とも相まって、案外そうでもなくなってきている側面があるように思います。ハンデ戦の人生でも、できることはかなり広がってきているのです。

 

そしてどんな時も大切なことは「アウトプットすること」。日頃キャリア関連の講座の際にはお伝えしていますが、内向きな活動に気を取られてアウトプットに"二の足"を踏んでいると、有意義な時間を過ごすことは難しくなります。何事も相手や社会に発信をして初めて気持ちや意思が伝わり、周囲のサポートが得られたり、思いがけないラッキーが転がり込んできて自分の望む方向へと少しずつ状況は好転していきます。そうあらためて自分に言い聞かせながら、家族と一緒に上を向いて歩いて行こうと思います。

国家公務員の副業解禁に至るこれまでの流れを3分で解説します

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国家公務員、年内にも副業容認へ NPOなど公益性高い業種のみ - ライブドアニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/14866917/

 
国家公務員の副業解禁に向けたニュースが昨日来話題となっていますが、今一度ここに至る流れと意味をおさらいしてみましょう。
 
・原則、日本国憲法には職業選択の自由があり、複数の職業を掛け持つことの自由、一つの勤務先がその自由を制限できないこともその中に含まれていると解釈されている。(裁判所判例あり)
 
・法令解釈は公務員でも民間企業でも同じだが、これまでは国家公務員法および地方公務員法の兼業禁止規定で公務員の副業は制限されてきた。(憲法解釈を上書きして制約)
 
経済産業省において2016年11月に「兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する研究会」が立ち上がり国としての副業のあり方の見直しが開始。多様な働き方としての副業の効果検証を実施し、調査結果報告および提言を2017年に行った。この時点で早期の国家公務員における副業解禁の可能性にも言及している(まずは公務員自らが副業を、という主旨)。
http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/sogyo/2017/170531hukugyo.htm
 
・並行して地方自治体単位でも副業を認める条例や内規の改正が進んできた。(兵庫県神戸市、奈良県生駒市など)
 
・2018年1月に厚生労働省所管の「モデル就業規則」が改定され、副業が原則禁止から原則可能に180度転換した。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000192188.html
 
・モデル就業規則の改定に前後して、民間企業においてもそれぞれの取組として副業解禁を進めており、ロート製薬ソフトバンク新生銀行など多業種に広がりつつある。
 
・これらの背景として2016年に発刊されたイギリスの研究者リンダグラットン氏による著書「LIFE SHIFT」の影響が大きい。長寿社会においては「終身雇用、一社専属」といったキャリア形成の価値観を転換する必要性が提示され、そのモデルとして「ポートフォリオ・ワーカー」という複数の職業を兼ね備えるスタイルが関心を集めた。
 
・LIFE SHIFTをテーマとした数多くのセミナー、講演会、勉強会が今現在も国内各地で開催され、ロールモデルによる実践事例が示されている。また他の類似書籍やweb記事が日々発信されており、多様な働き方のあり方としての副業が世の中共通のキーワードになりつつある。
 
・大きな変化として、これまでは小遣い稼ぎという主旨での「副業」としてのみ認知されてきたものが、人生設計を複線的に行い多様な働き方を認める価値観、それを実現する手段としての「複業」(=「パラレルキャリア」と同義)に注目が集まっていることにある。
 
・複業(=パラレルキャリア)は元々経済学者のP.ドラッカーにより提唱された考え方でその歴史は古く、現代の社会変化によりあらためて脚光を浴びている。国内のパラレルキャリア研究の第一人者である法政大学大学院教授 石山恒貴氏が2015年に発刊した著書「パラレルキャリアを始めよう」の中で紹介し、複業推奨のコンテキストとして認知されている。
https://www.amazon.co.jp/dp/B011KEO0NW/
 
・一方で実際に副業・複業を始めている労働者の割合はまだまだ少なく、また副業・複業による収入額は本業の収入に対して低い割合に留まっている現状がある。
https://www.huffingtonpost.jp/enjapan/fukugyo_a_23444915/
 
・そして今回、国家公務員の副業解禁方針が示された。←NOW!
 
 
ざっとこのような流れです、ご参考まで。

 

 


【関連イベント】
人生100年時代の棚卸し〜複業で見つける新しい自分 (7/7土 文京区)

https://www.facebook.com/events/207831483331250/

サラリーマンを日給制にすると働くモチベーションが高まるのでは? という考察

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スキルノートの芦沢です。5月病、という言葉の通りアンニュイな気持ちを引きずったまま、月末最終日になりました。原因不明なんですけど、5月はどうも気持ちが乗らない日々でした。何なのでしょうね、5月病。

 

さて、サラリーマンの複業起業を提唱している立場ではありますが、やっぱり片方だけ(複業起業)が充実すれば良い、という話でもないなぁと思っています。サラリーマンの仕事におけるモチベーションはコントロールがなかなか難しいのは事実。複業起業による仕事はそもそも好きで始めていることだし嫌な仕事は断る選択肢があるので、人間関係も含めてメンタル的には良好な状態が保ちやすいように感じています。

 

それに対してサラリーマンの仕事は短期的な変化が少ないとか、中間層の場合は指示命令に従うことと部下育成の板挟みで疲れ果てたり、なんでこの仕事してるんだっけ? と我にかえる瞬間は誰しもあるはず。生活のためとはいえ、365日高いモチベーションを保って勤務するというのは、よほど忠誠心の高い社員でない限り難しいですよね、実感として。

 

そこで、仮に「出社したら2万円貰える」みたいに日給制にしてみたらどうか? というのがモチベーション観点からの思いつきアイデアです。

 

・どんなに気持ちが乗らない日でも

・雨が強くて通勤が面倒な日でも

・前の日のお酒が残っていて辛い日でも

→今日行けば2万円貰える、行かなかったら貰えない。

 

としたら、自分の意思として「稼ぐために行くか、2万円欲しいし。」という割り切りというか、選択的で主体的な行動意識に変わるように思います。

 

逆に、

・気持ちが乗らないから行かない

・雨に濡れたくないから行かない

・二日酔いだから行かない

という選択もOKで、2万円要らないから行かない、今日は仕事しない! というこちらも選択的で主体的な行動意識で休むので、引け目を感じることも少ないはず。(周囲も、明らかに2万円の権利を放棄している同僚を責める気持ちは薄れる)

 

それでは職場が成り立たない、そんな理由で出社したり休んだりするのはけしからん! という声もきっとあるでしょうが、あまり気にならない要素だと考えます。なぜならサラリーマンの労働意欲の根源は、「生活費のために労務を提供しその成果への対価を得ること」に他ならないからです。

 

やりがいとか出世とか達成感、あるいは社会への影響や他にもさまざまなモチベーション要因はあるのですが、それらは複業起業をしている方々にとっては複業側で十二分に満たされているので、ことサラリーマンとしての仕事には必要ありません。(俯瞰的には、会社は組織の仕組みを効果的に維持する上でこれらの要素を取り込んで活用しているに過ぎないのです。)

 

そもそも、サラリーマンの仕事でモチベーションを維持し辛い要因は、労務と対価の関係性が不明瞭なことにある、と私は考えています。何となく出社して、何となく役割をこなし、何となく会議や調整や資料づくりをして、何となく外回りをして、それを何日か繰り返すと毎月決まった日にまとまった額の給与が銀行口座に振り込まれている。いったいどの部分の仕事が幾らの報酬なのかまったくわかりません。 

 

それに対して複業起業の仕事は業務要件と、それに対する報酬が明確です。Aの仕事を引き受けていつまでになにをしたら、幾ら貰える。そして、感謝される。労務と対価の関係が明確ですので、その仕事をやるモチベーションがはっきりしています。

 

戻ってサラリーマンの働き方ですが、業務単位に価格を設定しても面白いのでは、とも思います。

 

・この会議で一回発言したら200円

・提案書を一つ書いたら1,000円

・難しい役割を自分から担ったら3,000円

 

のように、一つ一つの業務に価格をつけ、取り組んだ人が日給にオプションとして加算される。そしたらやりたい人が仕事を取り合うので、嫌々押し付けられることは減るはず。難易度が高く不人気な仕事は、価格を上げれば良い。すると需給関係で手を挙げる人が出てくる、という枠組み。

 

日給制の支払い方法はできるだけリアルな方がモチベーションに直結するので現金支給でもいいですが、流石に毎日お札が飛び交うのはセキュリティーやら何やら大変でしょうから、例えば退社時に会社のゲートをくぐると電子マネーの残高がピッと2万1,500円増えて、ああ今日はこれだけ働いたな、稼げたなと小さな満足感を得られるわけです。

 

と、そんなアイデアを思いついて帰りの通勤電車で書き留めた5月最終日でした。明日から6月、気分一新して日々を楽しみたいと思います、おしまい。

 

 

何かを始めるのに、資格は要らない

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スキルノートの芦沢です。今年の桜はあっという間でしたね。これから楽しめる東北地方の皆さんが少し羨ましいです。写真は我が家の畑のジャガイモです、早くも芽を出してきました。

 

さて今日は、起業や複業のご支援をする機会を何度かいただいている中で気づいたことについて書きます。何かを始めようとする皆さんからよく聞かれるのは「何か資格を取った方が良いですか?」ということ。

 

世の中には「士業」と呼ばれる、公的な資格を得ることでのみ扱える仕事があります。弁護士、司法書士、税理士、行政書士、他にも医療・介護関連や食品取扱者などそれぞれの分野で様々な資格があります。

 

「その資格を取らなければ業務ができない」ものを手掛けたいのなら迷いなく資格試験の勉強に着手し、少しでも早く合格する事でその後の事業化に活用できます。しかしそうでないのであれば、資格を取得することが必ずしも起業や複業において必須ではなく、単に資格取得という事実だけでは何の価値も生まないということをお伝えしたいと思います。

 

つまり、資格取得にかける時間やコストと、取得したことにより得られる信頼性・客観評価や新たな能力がどの程度のバランスにあると見積もっていて、資格取得により将来的な提供価値や売り上げに対する量的インパクトがどの程度見込めるのか、仮の試算で良いので掴んでみる必要があります。

 

その上で様々なケースを見て経験則として感じていることは「資格の必要な業界というのは既にレッドオーシャン」だということです。いち早くその資格を取り二歩も三歩も先を歩いている先輩方を追い抜くのは至難の技で、また後からも次から次へと新たな資格者が増えていくのに、市場はそれほど拡大していかないという現実が資格の必要な業界にはあるのです。

 

資格ビジネスという立場に立つならば、「取りたい」と多くの人々が考える資格の枠組みを考えることは戦略的であり、事業化の観点では「大いにあり」な選択です。どの資格とは言いませんが、取得に半年以上もかかり数十万円の資金も必要な上に毎年何千人もの皆さんがそれを目指し、市場に供給される仕組みというのはなかなか凄いことです。大切なのは起業を目指す私たちは「資格ビジネスの顧客」になってはいけない、ということです。

 

起業や複業で目指したい目標がある。解決したい地域課題がある。それならばまずやるべきことは、現場で多くの機会に接し一人でも多くの声を聞き自分自身の実力を磨くことであって、資格取得に精を出しそれがあたかも有益なプロセスにあると自分を思い込ませる事ではありません。

 

厳しい言い方になりますが、資格取得が仮に自身の経験不足を補う安心材料や、または他人からの承認欲求や自己肯定感を高めるツールであるならば、何ら顧客に対して価値提供することは難しいでしょう。なぜなら、顧客の立場からは相手の実力が「本物」かどうかは素のコミュニケーションを通じて、肌感覚ですぐにわかるからです。逆に資格を何も持っていなくとも、確かな知見と磨かれた考えやそれに基づく行動経験を持っているならば、十分に信頼を得て顧客の力となることが可能です。

 

もちろん誤解の無いようにお伝えすると、純粋にその資格取得により得られる知識やネットワークが、ご自身の事業の成長エンジンとして効果的だという一歩引いた目線での客観評価があるならば、一つの自己研鑽として取り組んでいただければと思います。例えるなら読書する感覚で学び、目指す地点の途中経過としての資格が自然と身についていくことは、多いに得るものがあるでしょう。

 

繰り返しになりますが、何かを始めるのに資格は要らないのです。まずは現場経験としてのアウトプットを行なってから、必要なインプットをすること。その選択肢としての資格取得であるならば意味ある有効な武器となるものと考えています。

 

農業でも、基本的には資格は要りません。植えた品種の数や経験した年数だけ確実に腕が上がっていき、より美味しい野菜を作ることができ、口にすることができます。起業も全く同じだと思っています。

私が3月の最終土曜日に毎年講座を開催している、とある理由

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スキルノートの芦沢です。3月末が年度の区切りという方は多いと思います、今年度もお疲れ様でした。きっと皆さんそれぞれに様々な出来事があり、やっと一息という気持ちでは無いでしょうか。

 

ところで私がスキルノートでの研修事業を始めた2013年から今年まで、3月の最終土曜日(もしくは日曜日)には必ず公開型の講座を開催してきました。主にコミュニケーションや働き方の多様性を学ぶという内容の性質上、新年度の準備やヒントとして活用いただけるように、という意味で当初はこの時期に設定しました。しかし年を追う毎に、この「最終土曜日」特有の受講者さんの様子や、そこに至る思考についての「特徴」が見えてきたのです。

 

最初の頃はハッキリとはわからなかったのですが、明らかに年間を通じたどの時期よりも、受講者の皆さんの集中力や真剣さ、また枠を超えて柔らかく考えたり受講者相互のやりとりを楽しむ様子が、何といいますか感受性が高く、吸収力を存分に発揮されているように感じるのです。

 

その理由を考えると、これは偶然なのではなく「年度末の慌ただしい時期に、あえて自分の課題を優先してスケジュールした結果集まった方々」によって引き起こされるダイナミズムではないか、という仮説に至りました。講座を今から始めますよ、というスタート時点でのモチベーションの総量が、明らかに他の機会よりも高いのです。当然、講座は盛り上がりますし、自ら学ぶスタンスの、皆さん自身の満足度も自然と高まります。

 

何か自分がやりたいことがあり、でも他の都合との兼ね合いで決めることができない。仕事や家族や知人との調整が必要だ、というケースは生活の中では少なくありません。それ自体は否定しないのですが、では一方で常に他人の都合を優先したスケジュールを組み続け、それが今だけでなく習慣的に1年、3年、5年、10年・・・・と積み重なっていった先に、どんな結果が待っているのか。想像すると私は少し怖くなります。

 

「時間泥棒」という言葉があります。私たちの時間は油断していると様々な外的な要因にどんどん奪われていきます。「自分の時間が無い」と感じるのは、時間に対して無防備でいると、他人にどんどんスケジュールを入れられてしまい、失っていく性質があるからです。

 

ここで大切なのは、自分にとって『ここぞ』という重要な予定は他の何よりも優先してまず先にスケジュールし何があっても決して動かさない、ということです。

 

・仕事の都合がついたら参加しよう

・職場の飲み会と重なったから断念しよう

・子どもの学校の予定がなければ行こう

・親や親戚の付き合いがあるからやめよう

・大事な予定が入りそうだから先延ばししよう

・忙しくて考える時間がないので後にしよう

 

はい、それぞれの事情や配慮すべき相手がいることは、よくわかります。私自身も一人の家庭人ですから、同じような状況には出会います。

 

では実際に、仕事も落ち着いていてお付き合いの必要も無く、子どもの予定も親戚の予定も入らず、誰にも配慮する必要なく清々しく自分の予定を組めて、心身の体調も良い日が年間に何日あるでしょうか? しかもそれが事前にわかり、堂々と自分の予定を組めるという、奇跡のような一日が。

 

やる事を決める、というのは言い換えると「他の全てをやらないと決める」という意思決定と同じです。それが、優先順位の本当の意味です。やらないことをいかに決めて他を断ち切れるかどうかという、意思の力です。

 

3月の最終土曜日に行う講座に集まってくる方々は、そういう方々の集まりなのです。だから、モチベーションも高く柔軟でお互いを尊敬し、心地よい学びの輪が生まれます。そこまで意思決定してなかったけど偶然来れた、という方もそこに入り感化され、優先順位のあるべき姿に気づいて帰られます。私はそんな素敵な皆さんとの時間を過ごしたくて、毎年この時期に講座を開くようになりました。

 

人生100年時代となりましたが、目の前の一日を設計できないことには、一生をデザインすることは困難です。「この一日」をどのように過ごそうか、と自分自身の価値観や優先順位にきちんと従って過ごすこと。その先に私たちの求めたい未来が作られていくのでは、と思います。

 

 

 

〔開催情報〕

◆複業塾 やわらかい生き方をつくる講座 3/31(土)

http://kokucheese.com/event/index/505303/

 

◆起業の教室 春の集中講座 4/14(土)

http://kokucheese.com/event/index/511590/

*2コマ目の「起業を実現するタイムマネジメント」でこのブログの記事と共通する課題を掘り下げます。

複業は「途中経過」なのか「最終形」なのか?

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複業ブーム、と言っていい状況が続いているが、その実践者の一人として少し立ち止まって考えてみた。

 

サラリーマンとフリーランスの複業を続けていると新たな発見や良いことが多い一方、それはそれで新たな悩みも生まれる。両立のための時間やスキルの部分は自分の意思と工夫である程度コントロールできるのだけれど、それ以外の部分。


例えばフリーランスの立場では相手を変えることは容易で、組まなければ良い、もしくは仕事を断るという選択の自由が常にある。反面、サラリーマンというのは社内の人間関係も顧客も選べない、ということにあらためて気付く。

会社の中でなかなか進まない組織の意思決定に苛立つことはあっても仕方ないよねと感じていた場面が、ベンチャーで週単位、月単位の身を削ぐチャレンジを繰り返している若い事業者と接することで、どんな意思決定も本当は5秒で出来る、するべきなんだということに気付く。

複業をする前はそれらが当然だし我慢、あるいは飲んで愚痴って発散、みたいな対応しか知らなかったのだけれど、それが実に不毛なことだとフリーランスの仕事がある程度長くなると気付く。

毎日相対している物事がコントローラブルかどうか、というのはとても重要なファクターなのだ。受け止められるストレスの総量には上限があって、しかもそこで使う気力体力は本来、事業の推進に使った方が数倍良い。ストレスに対処すること自体が、実は後退を意味している、とも言える。気力体力の無駄遣い。

なので、よくよく考えると、複業というのは途中経過なのか、それとも目指す最終形なのか? というジレンマに究極、突き当たってしまう。

「いやいや、それなら独立しちゃいなよ」と言うのは簡単なのだけれど、複業で一定事業化を経験しているフェーズでは、独立その事自体の本質的な困難さも知っているので、知る前よりも慎重になる心理がある。サラリーマンという形態のメリットが何なのかも、具体的・客観的にようやく理解できる。

退路を絶った起業の、その覚悟と重さ。だから、どんな規模や業種であっても、事業者の皆さんのことは心から尊敬しているし、凄いと思う。彼ら/彼女らとの会話は他愛のない話の中にそれぞれのこだわりと、アンテナの広さと商売根性が垣間見えて、大好きな時間だ。

一昨年に「LIFE SHIFT」という本が着火剤となって広がった、多様な働き方としての複業。「LIFE SHIFTいいよね〜〜」というフェーズはもう終わっている、終わらせるべきと思っているので、だから自分はどうするの、という足下を固める事が大切。

「複業」の響きに、もう酔っている時間ではない。さて、これからの日々をどのように設計していこうか。複業は途中経過なのか、最終形なのか、それともまったく別の状態なのか。新たな局面に、向かい出している。

ブログ開設からちょうど5年で170記事になったので振り返ったこと

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スキルノートの芦沢です。写真は、お正月に訪れた浜松〜豊橋間にある表浜海岸です。澄み渡るような青空と海の色がとっても素敵でした。(満潮で残った海水がまだ陸側の砂浜にも残っている、珍しい光景でした)

 

文字数へのこだわり

さて「skillnoteのブログ」を書き始めてからちょうど5年になります。遡ってみると、2013年2月26日に最初の記事を書き、それから合計で約170記事になっていました。おおよそ1ヶ月に3本ペース、まぁのんびりとしています。とてもブロガーを名乗れるレベルではないですね。

 

でもたった一つのこだわりは、書くなら最低でも1,500字、できれば2,000字オーバー、と自分に課していること。なかには短いものやイベント告知も混在していますが、「自分の考え・モノの見方」についての記事には相当にこだわりを持って、一定のボリュームと質を維持するよう努めています。

 

スマホ文化になりテキスト情報は右から左へ、ただただ大量の情報が消費されていく日々。その中にあっても伝えたいことを伝えたい相手に届けたい、そして心に残るフックを持ちたいと願うのならある程度の字数をきちんと書き切るスキル、1,500〜2,000字で描く世界を自分で作れる技術を持とう、といつからか決めました。それが、大量消費される短い情報の渦に対する差別化にもつながります。

 

発信者になることの価値

そのおかげか、本当に少しずつですが定期的な読者の方が登録して下さったり、検索経由で読んで下さる機会が増え、最近は1ヶ月に1万人くらいの皆さんに読んでいただくようになりました。過去に書いた記事を知らぬ間にSNS上で引用いただきページビューが突然伸びる日もあります。特定のキーワードではgoogle検索の1〜3番に表示される記事も幾つか出てきました。SEOなど全くやっていませんが、価値を認めていただくことは素直に嬉しいです。

 

この、ブログという小さなメディアを書くことで私が認識したこと、そして伝えたいことは「自分からアウトプットし発信者になること」の価値です。

 

最近、初対面の方と名刺交換をする際に「ブログを書いている方ですよね」「以前に○○の記事を読んで共感しました」と言っていただけることが増えて来ました。それはどんな褒め言葉よりも嬉しいことです。なぜなら、一つ一つの記事で伝えたいことは自分の魂の分身のように感じているからです。それを肯定的に認めて下さった、あるいはその人の何らか役に立った、という事実は何よりのエネルギーへと変わっていきます。

 

文字化する意味

「何かに気づいている、知っている」「頭の中で考えている」ことはとても大切ですが、それを「誰もが確認できるように文字化して表現する」こととの乖離は大きい、と私は考えています。

 

例えば、何らかの記事や意見に対して「あー、それ知ってる、○○だよね」「それは違うと思う、△△だよ」という種類の発言は悪くはないのだけど、あくまでも最初の提示あってのもので、他人が作った会話の流れに乗っているに過ぎません。アンチテーゼを唱えるのは誰にでもできることであって、常に価値があるのは自分自身がゼロからテーマ出しをすること、なのです。

 

発信者になる、ということはリスクも伴います。360度に配慮した意見というのはなかなか難しく、それでは何を伝えたいのか焦点がぼやけます。主張の観点が斬新なほど、今までを正しいと信じて疑わない、多くの見えない相手と議論を交わすことになります。

 

お腹の底の方でグッと堪えて、それでも自分が信じる新たな切り口、考え方を伝えながら、社会に少しでも良い影響を与えようという試み。意見の異なる他人と上手にコミュニケーションを取りながら、しかし既存の情報にはない新たな光を生み出すこと、それこそがアウトプットする価値であり発信者となる醍醐味なのです。

 

顧客コミュニケーションの場

日々に視点を戻すと、普段の講座などで起業や複業を目指す方から「やっぱりブログって、書いた方がいいですかー?」というご質問をいただくことがあります。

 

もちろん、書いた方がいいです。いや、何かを生み出したい立場なら書くべきです。逆に、ご自身の商品・サービスに何の説明もなく、お客様が目にした瞬間にためらいなく購入いただける自信があるなら、不要かもしれません。しかし実際にはスモールビジネスの立場で、大資本により大量生産されている安価で一定の質を持っている商品と、その魅力だけで戦って勝ち続ける見込みはありますか? という問いが常にあります。

 

ご自身で起業した小規模事業者の皆さんにとっては、生み出す商品・サービスに込めた「ストーリー」こそが実は最も大切な要素です。割安な価格設定やバリエーションや潤沢な在庫が用意できなくとも、ストーリーに共感するからこそお客様は幾多の情報の中からオンリーワンの輝きを放つその商品を見つけ、購入しに来て下さいます。その説明を、心を込めて日常から丁寧に発信することこそが、お客様が満足して購入いただけることにつながります。だからブログは、その機会としてとても有効だと思うのです。ですから、ご自身の想いを正しく伝えるためにある程度のボリュームで、長い文章に世界観を描くことが大切なのだと、私は考えています。

 

ブログはコンビニの看板

世の中には様々なブログの技術、執筆のノウハウは溢れています。それらを信じることも良いですし、自分なりに仮説を立てて実行してみるのも良いと思います。いずれにしても大切なのは、その考えに従って実行すること、続けていくことです。

 

「ブログはコンビニの看板と一緒」なのだろうと思います。看板に明かりが灯っていなかったら、お客様は閉店したのかな? と感じます。ブログも、決して毎日でなくていいです、自分なりのペースでしかし途切れることなく継続しておくこと。そうすれば時折たどり着いてくださるお客様は、ああやってるな、また今度寄ってみよう、と思ってくださいます。

 

それは現時点で自分のビジネスがあってもなくても、必要なことかもしれません。人生100年時代、大切なのは自分がどんな人で、何を提供できるのかを相手に伝えられる技術、手段です。ブログはそれを実現させてくれる、とても便利なものだと思います。

 

 

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