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会社を変えるより社会を変える方が簡単かもしれない

歴代3社長が引責辞任という展開になっている、某社の長年にわたる利益水増し事件。多くの社員を巻き込んだ組織的な関与が今後解き明かされていくのだろうが、これを対岸の火事というよりも「ウチも一緒じゃないか」と心穏やかならぬ企業人、経営者も少なくないはずだ。

僕がふと思い出したのは、15年ほど前に自分自身が経験したある出来事。勤務先はいわゆる営業メインの企業風土で、まずは売上目標を達成することが何よりも重要な課題とされていた。そこである時期に全社を挙げて、メイン商品・サービスの更新を迎える顧客に対して「これまでと同条件の見積もりを出さない」ことが展開されようとしていた。つまり、何らかの付加的な要素を加えて、客単価を落とさずにむしろ一律に引き上げることで売上高を確保しようという作戦だ。

当時はまだ世の中には消費者庁は無く、世の中全般に顧客の権利保護という概念が薄かったことは確かだ。しかし普通の感覚として「今までと同じ条件だと幾らになるの?」が交渉の出発点であることが当たり前のように感じたので、本社の政策決定部署に問い合わせてみた。

すると答えは「法的に問題は無く、顧客にとって有益なサービスが付加されるのだから、同条件の見積もりをあえて出す必要は無い」というものだった。組織の一社員の立場としてはそのまま言われた通りにすれば良かったのだけれど、何だか納得できる答えでは無かったし何より相手から求められても提示すら出来ないことにトラブルの予感を感じたので、自分なりに相談できる先を考えた上で東京弁護士会の電話無料相談にかけてみた。

こちらの状況をあらかた説明すると相談相手の弁護士さんが、法律の基礎知識も危うい僕に対して丁寧にわかりやすく説明して下さったことが、その回答内容以上に今でも強く印象に残っている。ともかくその時の回答では、継続的なサービスを現に購入している顧客には、特段の顧客側の過失等が無い限りその状態を維持する権利があるのだということ。未だに法律には疎いのだけれど、要は賃貸マンションの更新時に理由なく不当な契約変更(条件・家賃など)ができないのと同種の話だと思う。

その内容を早速本社の政策決定部署に伝えたところ、電話の相手は不快感を隠すことなく、会社として確認をした上で決定していることなのだから、その立場にない社員がとやかく言うものではない、と半ば怒られてしまった。まあこの電話の相手やその部署全体を説得するのはこの調子では困難だろうし、またそれが自分のやるべき優先順位の第一位ではないだろうと考えたので、そこは引き下がり電話を切った。その代わり、自分が直接に影響を与えることができる周囲の人たちには「これまでと同条件の見積もりを作っておいて、すぐに出せるようにしておいて下さい」と伝えることにし、それを徹底した。それはその時僕ができる最大限のことだと思ったからだ。

そうして単価アップのキャンペーンは開始したのだが、程なく自分の上司を通じて会社のだいぶ上の方から「お前は勝手に何をやっているのだ」とお叱りを受けた。何らかのルートで僕の行動が伝わったらしい。統率の取れた組織というのは、異分子に対して敏感に反応するものだと、初めて感じた瞬間だった。その時僕が主張したのは「会社がどのように判断するかは会社の責任であって、その上で社員個人がどのように判断し、行動するかは社員個人の責任であること」、また「この問題に関しては客観的に判断して法的に課題があり、治すべきは会社の判断だと思われる」という2点。しかし、その時の僕は組織の厄介者として扱われていた。

と、それから一週間もしないうちに社内に一本の通達が流れた。「この単価アップキャンペーンに際しては、当初から提示する必要は無いが顧客の求めに応じて同条件の見積もりを遅滞なく提示できるように備えておくこと」と。恐らく僕以外のより主体的で論理的な誰かが働きかけたか、社外からの指摘で見直したか、そういうことだったのだろうと思う。

振り返り、つくづく「会社」という組織は不思議な生き物だと思う。そしてその本質は何年経っても基本的には変わらない。社会の中にあるのに、社会とは断絶した文化が醸成され、その中での常識や価値観が他の何よりも優先される。今回の利益水増し事件に関与した多くの人々は恐らく、朧げな罪の意識は持ちながらも、社会の規範より遥かに上位に位置づけられている、会社の常識や価値観を優先してしまったということだ。僕自身のささやかな経験も、その構図は同じものだ。

人ひとりの人格を変えることが非常に困難であるように、会社を変えるということはその期待を持ち辛いことなのではないかと、残念ながら今回の事件や自分の経験を振り返り認識している。では諦めてしまうのかというと、そうではない。私たちは組織人である前に、社会の一員なのだ。だから、会社をその中に包含する「社会そのもの」をより良い方向へ変えてしまえば良いのだ。実際、ここ数年の間にそれまで埋もれていた社会・会社の問題が正しく「これは問題である」と認識され、世の中が良い方向に動いてきている。今回の事件もその一端だろう。

社会を変えるということは、とてつもないことなんかではない。社会は常に、名もない一人の人間の行動を起点として変化している。その一人に自分がなりたいと思うかどうか、小さな一歩を踏み出せるかどうか、ただそれだけのことだと思うし、その一人でありたいと日々自省している。



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